「一歩一歩です。今、無いものを生み出すのは、着実に日々の作業を積み重ねることから始まります。今日は、明日は、といくわけですから、光はいつも見えません」。朝は8時前から出社し真夜中まで働く。若手の社員ですら音をあげそうな日常を40年近く規則正しく繰り返してきた。81年のパリコレクションデビュー以来、半年に1度提示し続ける「新しい」服は、魔法でも偶然でもなく、こうした努力の積み重ねがあって生まれる。
服作りも経営も「データや理屈ではなく最終的には勘に頼る」という彼女は、その「一瞬の勘」を働かせるために「日々の作業をおろそかにしない」と語る。実際に会うと小柄で、強い視線も含めて少女のような印象を残す川久保さん。ストイックなまでの純粋さは、仏語で「少年のように」というブランド名に通じる。
実のところ、世界中のデザイナーがうらやむ「クリエーションとビジネスの両立」を考えたことは「一度もない」と川久保さんはいう。コム・デ・ギャルソンとして世に送り出す商品の判断基準は、ただ一つ「新しいことができているか」どうか。結果として売り上げがついてくる。「何が売れるか」を調査し「売れるもの」を作る、という方法論とは逆をいく。「売れないかもしれない、売れなくてもいい、ある少人数の人が興味を持ってくれたらいい、という姿勢なのです」。つまり市場が物を要求するのでなく、物が市場を生むという考え方。彼女が「会社もまたデザインの一つ」と言うゆえんだ。その「少人数」を的確につかむため、「新しさでもどこで線を引き、どれを選択するか」が川久保さんにとってのビジネスだ。
なぜ、「新しさ」にこだわるのか。川久保さんは、「変化につながるから」だという。「新しさを求める姿勢で作られたということを、コム・デ・ギャルソンの服を着た時に感じてもらい、それが現状を動かすちょっとした力につながれば、うれしいのです」。そして、はにかむように付け加えた。「ただ、日々そんなことを考えているわけではありませんよ。聞かれたから答えているだけです」
コラボレーションもまた「新しさへの闘い」という川久保さんは、独立デザイナーズブランドの旗手として大勢に果敢に立ち向かうジャンヌ・ダルクなのだろうか。勝算は? 「もちろん勝たなければいけないと思っています」
北京五輪でメダルを獲得した若い選手たちのコメントを聞いて、「元気をもらった」と意外なことを口にした。「彼らは4年間、日々努力して目標を達成した。それが一生続けられればどんなに素晴らしいことかと思って」。